【8月16日 東方新報】中国の朝の公園では、太極拳を練習する人たちを見ることができる。ゆったりとした滑らかな体の動きは長年の修練のたまもの。太極拳をはじめとする中国武術は健康法として人びとの暮らしに深く根ざしている。

 中国・四川省(Sichuan)成都市(Chengdu)で8月8日に閉幕した第31回FISUワールドユニバーシティゲームズ夏季大会(成都ユニバ、FISU World University Games)で、中国大学チームの金メダル第一号は武術男子南拳の曹茂園(Cao Maoyuan)選手だった。武術競技全体でも中国は金メダル11枚を獲得し、選手層の厚さを見せつけた。

 開幕式や大会の宣伝ショート動画などでも武術は活躍していた。剣術や棒術など派手な立ち回りはSNS(ネット交流サービス)の時代にぴったり。何より格闘ゲームで育った中国の若者たちは、中国武術の技にめっぽう詳しいのである。

 中国の武術は有名なものだけでも400種類以上あるといわれる。歴史は古く、中国の解説書の多くが、3000年以上前の周の時代にさかのぼるとの説をとる。武術を身につけた民衆の蜂起を恐れた歴代王朝からしばしば禁止されたことから、秘伝として民間や寺院などに伝わってきたものも多い。

 こうした秘密めいた武術の世界は、中国の大衆小説である「武侠(ぶきょう)小説」には欠かせない。日本でも翻訳出版されている香港の人気作家、金庸(Jin Yong)の作品が一番人気だ。最近では映画やドラマ、漫画、ゲームなど多様な媒体に進出している。

 ちなみに「武侠」とは、日本の任侠(にんきょう)のようなイメージである。武侠小説には、義理を重んじる武芸の達人が次々と登場し、秘伝の奥義書や秘宝を巡って、時に戦い、時に協力していく時代劇が多い。RPGゲームの筋書きを想像してもらうと分かりやすい。その独特な世界観にハマる子どもも多いようだ。小説やゲームに出てくる「降龍十八掌」という空想上の大技を列車に放とうとして、線路内に立ち入った少年が保護されるというニュースも中国では報じられた。

 武侠小説は、韓国や東南アジアのドラマ文化に大きな影響を与えたことでも知られる。日本にも熱狂的なファンはいるが、他のアジア諸国に比べれば数は多くない。日本の大学院で文学を研究する中国人留学生に聞くと、「中国では『君子、怪力乱心を語らず(知識人は理性で説明がつかないものについては語らないものだ)』といわれます。日本では知識人が中国文化を国内に伝えたため、超人的な主人公が活躍する武侠小説を語ろうとしなかったのでしょう」と推測する。

 それにしても、武侠小説が日本であまり知られていないのはなんとももったいない。その世界に一度ハマれば、それだけで立派な中国通になれるのだから。(c)東方新報/AFPBB News