「万園の園」円明園、文源閣遺跡の考古調査で新発見
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【1月9日 CNS】最近、北京市にある円明園の文源閣遺跡で行われた考古調査で、新たな発見が相次いでいる。この調査により、文源閣には防火や防洪に関する高度な設備が備えられていたことが明らかになった。この遺跡は整備が終わり次第、観光客に公開される予定だ。
円明園は、清朝時代に作られた大規模な皇室庭園で、その壮大さから「万園の園」とも称された。しかし1860年、英仏連合軍による放火で焼失し、文源閣も大きな被害を受けた。一部の蔵書は現存しているものの、建物の多くは失われた。
文源閣は円明園の北東部に位置し、もともとは四達亭という建築だったが、乾隆40年に改築されて現在の形となった。文源閣は皇室の蔵書楼を中心とした庭園の一部で、『四庫全書』などの重要な古典籍を収蔵するために設計された建物だ。「文源」という名前は、「礼楽文明の源」を意味しており、中国文化の知識や教養の中心地であることを象徴している。『四庫全書』は中国の歴史上最大規模の叢書で、その中の1部が文源閣に収められていた。
かつての文源閣は独立した庭園建築で、周囲は塀で囲まれ外部と隔離されていた。庭内には美しい風景が広がり、外部は河川に囲まれていた。文源閣の入り口には岩山の小道があり、西側には曲亭、南側には池が配置され、その奥に大殿が建てられていた。文源閣は2階建てで、屋根は黒釉の琉璃瓦(黒色の釉薬<ガラス質のコーティング>が施された琉璃瓦)が使用され、緑釉の琉璃瓦(緑色の釉薬<ガラス質のコーティング>が施された琉璃瓦)で縁取りされていた。
庭園内の河川は自然の渓谷を模したデザインで、岸辺や底は不規則な石材で築かれている。敷地内には石板の道、山道の階段、宮殿用の通路、そして台階などの道路システムが完備され、庭園内の各施設を有機的につないでいる。これらの石材は彫刻を施さず、自然な形状を活かしたもので、庭園の素朴な美しさを引き立てている。
2024年8月から行われた考古調査では、宮門、碑亭、月台、趣亭、北院門などの建築基礎が確認され、さらに塀や石板の道、階段、給排水用のトンネルなど、付属施設も数多く発見された。発掘された出土品には、銅、鉄、陶磁器、琉璃(ガラス)などの素材で作られた器や建材が含まれている。
文源閣の設計は、蔵書を保護するための防火と防洪を最優先に考えられていたことがわかった。調査では、大と小2つの池が発見され、北側の塀の内外には給水用のトンネル、東側と南側には排水用のトンネルがそれぞれ確認された。庭園全体の地形は内側が高く外側が低くなるよう設計されており、南側の塀には溝門が設けられ、雨水などが自然に外部の河川へ排水される仕組みとなっていた。これらの施設は、火災時には水を確保し、大量の水が発生した際には迅速に排水できるよう工夫されていた。
北京市考古研究院の副院長である張中華(Zhang Zhonghua)氏は、「文源閣の排水システムは非常に緻密に設計されており、池の水位が安定するよう管理されている。火災や雨水による浸水の際にも迅速に対応できるようになっている」と述べている。
また、今回の調査で発見された黒釉の琉璃瓦は、古代中国の五行思想において、黒が「水」を象徴し「火」を抑える力を持つとされることから、文源閣の防火対策に対する思想的な配慮が示されている。(c)CNS/JCM/AFPBB News