【2月14日 東方新報】春節(旧正月、Lunar New Year)休暇の後、ラオス人の少女ナンニさん(音訳)は、帰省していたラオスと中国の国境の町・磨丁(ボーテン、Boten)から勤務先の中国南西部の雲南省(Yunnan)の町・磨憨(Mohan)の工場に戻った。

 仕事を探す数人の村人たちが彼女に付き添っていた。

 一方、中国の四川省(Sichuan)出身のレストラン経営者の曾(Zeng)さんは、新店舗の候補地を探してボーテンを訪れていた。

 近年、ボーテンは中国からの投資が急増し、高層ビルが次々と建設されている。地元の経済協力区では、免税ショッピング、物流、観光、金融、教育、ヘルスケアなどさまざまな分野の成長が見られ、多くの人びとを惹きつけている。

 曾さんは「一部のメディアは、2035年までにボーテンの人口は30万人に達すると予測しています。私はここに四川料理店を開きたいですね」と話す。

 現在、ボーテンは「ラオスの深セン(Shengzhen)」として知られる経済特区であり、雲南省のモーハンは台頭する国境都市だ。この国境地域は、両国の人びとにとって新しいチャンスを生むエリアとなっている。

「ボーテンと磨憨の開発はさらに拡大する予定です。中国とラオスの国境を跨いだフェンスで囲む予定のこの協力区では、両国の直接的な接続が可能になります」、磨憨・ボーテン経済協力区・開放と国境協力推進局の唐詩淇(Tang Shiqi)副局長はこのように紹介した。

 唐氏によれば、このエリアでは両国の政策上の利点を活かし、投資、貿易、資本、交通、雇用の自由な移動を実現し、迅速な情報交換を確保して、産業投資と開発に最大限の柔軟性を提供するという。

 磨憨とボーテンは「昆明(Kunming)-バンコク高速道路」が通る中国雲南省と東南アジアの交差点という戦略的な位置にある。この立地が、両地域の共同開発において重要な役割を果たしてきた。

 90年代初頭、中国とラオスは磨憨とボーテンを国家レベルの口岸(港)に指定し、国境を越えるトラック輸送に安定した道筋をつけた。16年には「モーハン・ボーテン経済協力区」が設立され、両国の国境を跨ぐ経済的な結びつきが強化された。

 その後21年に「中国ラオス鉄道」が開通すると、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)を結ぶ主要な国際回廊が次第に形成され、磨憨とボーテンがその重要な拠点となった。(c)東方新報/AFPBB News